「山寺が支えた紅花文化」に構成市町、構成文化財が追加されました!
お知らせ /平成30年度に日本遺産に認定された「山寺が支えた紅花文化」について、この度、構成市町、構成文化財が追加されました!
【主な変更点】
1.構成自治体の追加
大石田町、白鷹町
2.構成文化財の追加 追加された構成文化財
NO.7 深山和紙 (県指定-無形)
高価な商品作物であった紅花(紅餅)は、厚紙などで作った「花袋」に入れられ、さらにゴザなどで包み出荷された。往時、白鷹町深山地区で作られた和紙は地元産の紅花の花袋として使用された。その製作技術は今も当地に引き継がれている。
NO.8 大石田河岸絵図(町指定-歴史資料)
江戸時代、紅花交易などで最上川舟運最大の河岸として賑わった様子を伝えるもの。護岸築堤がなされ、多くの物資が往来できるように最上川の流れに沿って東西に貫いて大通りが設けられ、整備された町並みの様子がわかる。
NO.9 大石田河岸の景観 (未指定-景観)
紅花は川の難所を避けて生産地から大石田までは陸送され、大石田河岸から舟積みされて上方へと送られた。最上川から店棚を通って表通りまで通じる路地「ろうず」が残る家屋などから往時の河岸の様子をうかがい知ることができる。
NO.29 紅花商人(山)長谷川家の上方由来コレクション
江戸時代、紅花商人(豪商)として活躍した(山)長谷川家が贅を尽くして収集した上方由来の文物。現在、山形美術館で公開され、往時の紅花交易の隆盛を今に伝える貴重なコレクションである。
NO.29(例1)
紙本著色紅花図 横山華山筆 六曲屏風 (県指定-絵画)
江戸時代の紅花の栽培から収穫、紅餅に加工する作業や上方へ運び出す様子が分かるもの。精緻な描写が往時の紅花生産の賑わいを今に伝える。
江戸時代の紅花の栽培から収穫、紅餅に加工する作業や上方へ運び出す様子が分かるもの。精緻な描写が往時の紅花生産の賑わいを今に伝える。
NO.29(例2)
紙本淡彩奥の細道図与謝蕪村筆 六曲屏風 (国重文-絵画)
奥の細道の全文が墨書され、「山刀伐峠越え(尾花沢市)」などの9場面の画を巧みに配している。文中には尾花沢の紅花商人鈴木清風宅に寄り、山寺参詣を勧められたことや、山寺で詠んだ句などが記されている。
奥の細道の全文が墨書され、「山刀伐峠越え(尾花沢市)」などの9場面の画を巧みに配している。文中には尾花沢の紅花商人鈴木清風宅に寄り、山寺参詣を勧められたことや、山寺で詠んだ句などが記されている。
NO.29(例3)
出羽三山巡礼句 芭蕉筆 (県指定-書跡)
松尾芭蕉は奥の細道の道中、山寺から北上して大石田の河岸より最上川舟運で出羽三山に向かった。その感動を3つの句に詠んだもの。
松尾芭蕉は奥の細道の道中、山寺から北上して大石田の河岸より最上川舟運で出羽三山に向かった。その感動を3つの句に詠んだもの。